1986年の暮れ、忘年会の後でAD上野氏との話しは広尾の居酒屋安兵衛で決まった。1月中旬締め切りの朝日広告賞へ出品する作品を撮影するためにパリ行きのエコノミーチケットを急いで手配した。   12月26日ボクにとっては最初のヨーロッパへの出発。   バッグの中身は着替えと2台のNikonF3P モーター、20,24,35,50,85,105.80-200ズームのレンズ7本、ズミルックス35mm/1.4付きLEICA M4, スーパーアンギュロンの21mm、HASSELBLAD 500CM/Planar80mm、フィルムが約100本。その他に何故か女性用下着類、口紅、コンパクト他化粧道具、パンプス、etc。すべて女性用の小物類ばかり。もちろん彼女の持ち物ではない。期待と不安の織り混ざった短い闘いの始まりだった。

 

 

「アダルトビデオ・・」

パリへ来て二日目の午後、はじめての国に緊張してしかも言葉がまったく通じない自分にかなり苛ついていた。 同行した彼女が街へ出かけた後、一人ホテルに残り作品をどう創るか悩みながら持ってきた小道具を窓辺に並べた時に部屋の電話が鳴った。フロントからだった。何を云ってるのかさっぱり解らないまま電話を切った。 ふと見ると金色のケースに包まれたルージュと黒い受話器に何故か惹かれて、左手で受話器を掲げて右手でカメラを構え息を殺しながらゆっくりと何度もシャッターを押していった。 20ミリ、開放、1/4秒。F3Pモーターはとても重く、片手での撮影は辛かったが「撮れた」気がした。

「映画監督・・」

人気のない時間を見計らって極寒のモンマルトル墓地を訪れた。勿論変態扱いの非難の目に晒されない為だった。女性の下着をコートのポケットに隠して撮影ポイントを捜しながらウロウロしている自分が情けなくも思えたが仕方がない、すべては写真を撮るために来ているのだから。 キャミソールを何度も空へ向かって投げたが感触が掴めない。もっと良い場所はないのだろうか?気づいたら墓地の行き止まりまで来ていた。まずい、墓堀人夫と目があってしまった。しかし彼はこちらに特に興味は無さそうだった。彼が車を離れた数十秒の間に今だとばかりに標識にキャミソールを補折り投げた。うまく引っ掛かった。写真で見ると低そうだが実は結構高さがあるので近くの墓石の上に乗って20ミリレンズを装着して角度を変えながら一気にフィルム1本モーターでまわした。帰り道、すれ違った彼には薄ら笑いを浮かべながら墓地を抜ける変な東洋人に思えたに違いない、きっと。

「忘れたくない時・・」

ロンドンから夏の避暑地として有名なブライトンへ向かう車窓の左手に何処かで見覚えがある風景が突然現れた。高校3年の時の発売以来ずっと大好きで部屋に飾ったりしていたヒプノシス制作のPINK FLOIDのアルバム、ANIMALSのジャケット風景。ブライトンから帰った翌日、逸る気持ちのまま再びこの場所を訪れた。日本から持ち込んだ真っ赤なピンヒールを貨物列車の上に置いた瞬間にヒースローから飛び立ったばかりのジェット機が頭上に近づいてきた。2台のボディに20.24.35、とレンズを何度も変えながら夢中でシャッターを切り続けた。この写真を撮り終えた時、受賞は間違いないと確信した。ほんとだよ。あの時の感動はキャッチコピーよりも鮮烈に”忘れたくない時”として今でも記憶に焼き付いて離れることのない瞬間の思い出になっている。もう一度味わいたい最高に素敵な瞬間だった。

*これらの写真は後に「彼女の居た時間」として新たに単独作品として動き始める・・・。

次に”忘れたくない時”に出逢えるのはいつだろうか?40歳を過ぎた頃からはそのような場面に出逢っていないが、そろそろ”来る”んじゃないかという予感がしてならない。 そうあって欲しいものだ。

 

DATA (All Photographs): NIKON F3P MOT, Nikkor 20mm/f2.8, Kodak TRI-X ( D-76 & MICRODOL), ILFORD MG paper. PARIS & LONDON , Decenber / 1986 .